2023.03.25. 一時的で、きっと永遠になる別れの話をしよう

今はもうここにいない人の話をしよう。別に今も生きているし、ただ生きるコミュニティが変わるだけだ。だからきっと、一時的になるだろう。

人間として、一目惚れだった。たぶんこの人は大丈夫だろうな、となんとなく思った。2年前のことだ。出会ってからの1年間は一方的に私が見つめるだけだった。あの道を通るとき、左を盗み見るとあの人の右の横顔が見えるのが好きだった。目が悪いくせに裸眼で生活しているからその横顔がぼやけて、それがなんだかドキドキしていた。週に2回、それぞれ1時間ずつの時間は私にとって特別で、それがあるから月曜日は頑張って電車に乗ったし、金曜日は最後まで頑張った。まともに話したのはその年の秋で、初めて写真を撮ってもらったときだった。恥ずかしくて逃げ回っていたら友達が写真の約束をこじつけてくれてしまって、並んで写真に写った。息ができなくなるくらいドキドキした。自分と関係ない話をしていても遠くから眺めているのが好きだった。サンダルをぱたぱた鳴らしながら歩く癖を覚えた。

この1年間はすくわれっぱなしだった。救われたし、掬われた。コップからあふれそうになる私をすくい上げて、またコップに戻してくれた。なんだってわかってくれて、わかろうとしてくれて、わからないことはわからないと言ってくれた。わかってあげるってすごく大変なことなのに、いつだってそうしてくれた。たぶん私はあの人を削っていた。ひとつ前の1年間では知ることができなかったことも知った。今ここにいる理由も、パーソナルなことも、誕生日も、血液型も知った。ひねくれているのも、めんどくさいのも、なのにスポ根なのも。人差し指で耳の後ろの辺りを掻く癖も、手持ち無沙汰になるとベルトの後ろをいじる癖も。どうしても、全部が好きだった。たぶんこれは惚れた弱みだ。腕を組む仕草、足を組む仕草、壁にもたれる姿、ジャケットを脱ぐ仕草、けらけら笑う声、もうなんだって、結局好きだった。

ひとりだけ、最初に別れを告げられた。一番ダメージ食らうでしょ、と言われたし、一番ダメージを食らった。面と向かってそれを口に出されて、無条件にぽろぽろ涙が出た。ああ、あと1か月と半分だ、と冷静でいられる自分もいた。ただ実感がわいていないだけだった。嫌だと叫べなかった。理由に納得して、理解してしまったからだった。あの人がこういう決断をしたことを誇りに思う自分もいた。これを見逃す人ではないことを知っていた。好きな人が、信頼している人が、大切だと思っている人が、その問題から逃げない選択をしたことが心底かっこよかった。なんだって理由をつけられる状況にあることは、私が一番わかってあげられることだった。わかってあげたかった。わかってくれてきたんだから、私が一番わかってあげたかった。聞き分けのいい人間だと思われたかった。

また会えるかな、と夢を見るように口に出して、もう永遠に会えないよ、と心で夢をつぶす。希望を抱いて叶わないより、希望なんか最初から抱かないほうが楽に決まっている。永遠なんて言ったら大げさだってあの人に笑われる気がする。いっそのこと、また会えて、私のことを笑ってくれればいい。

私のことをいつ忘れてくれるだろうか。私はあの人をきっと忘れられないだろうから。もしよかったら私のこと忘れないでね、なんて書いてしまったけれど。本当は、忘れないでいてほしいけれど。一時的で、きっと永遠になる別れの終わりをじっと待ち望みながら、息をひそめて、それまで生きていたい。

永遠にすこやかで、しあわせでいてね。